翻訳元:https://www.reddit.com/r/JRPG/comments/1ga8h26/what_exactly_led_to_the_decline_of_final_fantasy/
【海外の反応】ゲームの革新や実験、ターゲット層の変更により、ファンからの反応が分かれて混乱を招いている。👀💡
海外のサイトでファイナルファンタジーが10作目以降、シリーズとして衰退した原因は一体何だったのでしょうか?が話題になっていたので、海外の人々の反応を翻訳してご紹介します。
海外のスレ主のタイトルと詳細
ファイナルファンタジーが10作目以降、シリーズとして衰退した原因は一体何だったのでしょうか?
ファンがファイナルファンタジー10-2の承認から凋落が始まり、その後ファイナルファンタジー12が発売された当初は評判が二分されたと言われているので、最近シリーズ自体を振り返っていたので質問しましたが、何が原因なのか理解したいと思いました。シリーズ自体が徐々に衰退していきます。
つまり、ファイナルファンタジー 10-2 がそこまで悪いゲームかどうかはわかりませんが、10 作目のファンの間で意見が大きく分かれているとよく聞きます。私はまだプレイしていませんが、疑問に思いました。もし、その評判やファイナルファンタジー12のエンドゲームゾーンに対する批判の受け方を考えると、そこがシリーズの衰退が再び始まるとしたら。
誤解しないでほしいのは、私はこの 12 作目を正当に楽しんでいるということですが、ただ、長年のファンから、このシリーズは 10 作目が出た後、シングルプレイヤーに関していくつかの問題に直面しているという話をよく聞きます。 10 作目以降にリリースされたゲームに関して、00 年代初頭のシリーズに再び悪影響を及ぼした基本的に何が起こったのかを知る必要があります。
このスレッドを見た海外のスレ民の反応
私にとって、10 以降の FF ゲームはどれも、より多くの視聴者を獲得しようとして逸脱しすぎているように感じます。 SE は FF を映画のような体験だと考えていたため、メジャー リリースのたびに多額の資金をつぎ込み、ゲームプレイをより幅広い視聴者にアピールしたいと考えたため、新しいエントリが登場するたびにゲームプレイが大幅に「進化」しました。
さて、SE が FF ゲームを発表するたびに、何が得られるかわかりません (笑)。このフランチャイズの絶え間ない変化は少し圧倒されると思います。
みんな良いですよ。 12、13、15、16。とても楽しいです
そうですね、FF12は少し急いでいて、FF13は全体的なプレゼンテーションで苦しんでいたため、シリーズは後で特定の問題に遭遇するだろうというファンからの意見を時々聞きます。
良いゲームもあれば、悪いゲームもあります。
断られたわけではないと思います。さまざまな方法で変更され、現代化されているため、それらを好まない人もいます。ターンベースのゲームだけが好きで、アクションベースのゲームが嫌いな人もいます。 2D を好む人もいるでしょうし、そうでない人もいますし、シリーズの新しいゲームを「嫌う」結果になるでしょう。
特に物事を批判する場合、一部の声は他の声よりも常に大きくなります。
PS: 私はすべてのゲームが良いと言っているわけではなく、何が好きか嫌いかは人によって左右されます。一部のゲームは (特に今の時代では) 忌まわしいものです。ここではFFシリーズについてのみ話します。
FF12 を急いで作ったとは言いませんが、ゲームを 2 枚のディスクに入れるのではなくサウンドを圧縮するというのは奇妙な選択でした。
12年は急かされたのではなく、2年遅れた。
秘密を知りたいですか?すべてのファイナルファンタジーは急いでいます。地獄はほぼすべての試合が急いでいます。
スクウェア・エニックスの合併は、合併前 = 良い、合併後 = 悪いという比較的単純な議論であるため、おそらく最も簡単に指摘できるでしょう。 真実はもっと微妙だと思いますが、タイミングは一致します。
X以降、SEは明らかにFFでより実験的なものになり、ファンはプレイヤーがターンベースのゲームプレイを望んでいないという意見を受け入れ始めました。 アトラスと西洋の CRPG ルネサンスは基本的にその神話を打ち破りましたが、SE は何らかの理由でそれを今でも永続させており、その哲学は何よりも FF ゲームに感染しています。
あなたの最大の問題は、インターネット上の少数の愚か者の意見を非常に重視していることです。 10-2が承認されてもシリーズは衰退し始めなかった
ただゲームをプレイしてください。フォーラムに自分の意見を決めさせるのはやめましょう
新しいものが悪い
編集:私が言いたいのは、新しいゲームを誠実に取り組むには実際には多くの時間がかかるということです。それにはあなたの信頼、あなたのエネルギー、さらにはあなたの弱さが必要です。続編では、多くのコンセプトや仕組みがすでによく知られているはずなので、プレイヤーに求めることは少なくなる傾向があります。ファイナルファンタジーはその傾向に逆行し、続編が出るたびに再学習を強いられます。
何かをクソにすることはそれに取り組むよりも簡単であり、人々は最も簡単な道に向かう傾向があります。
それで…新しいものは悪いです。
彼らは悪くない
それは、あなた個人やあなたが見たオンライン上の大勢の人たちがそれらのゲームを好まないことを意味します。しかし実際には、彼らは特定のコミュニティで非常に愛されています。
タレントはスタジオを去った
ファイナルファンタジー X が登場した 2000 年から 2002 年と、ファイナルファンタジー XV が登場した 2016 年の間に、人々がゲームについて語る方法には大きな変化が見られました。単に音色という意味ではなく、テクノロジーそのものという意味です。 2000 年には、ほとんどの人がインターネットにアクセスできるようになりましたが、インターネットは依然として、掲示板、個人のファン サイト、(最大の) ウェブ リングなどのローカル サイトを介して行われていました。そのため、何かが本当に好きな人たちのグループがお互いを見つけましたが、全員がビデオ ゲームについて話し合う 25 万人規模の場所を想像するのは困難でした。
ソーシャル メディアの登場により、非常に幅広い範囲で注目を集めることが容易になり、これらの新しいメディア サイト (Facebook、Twitter、Reddit など) のアルゴリズムは、品質に関係なく、最も騒々しいテイクを増幅する傾向がありました。そのため、ゲームやシリーズを嫌っている人の声がはるかに届きやすくなりました。ファイナルファンタジー X が登場する以前の人々は、時々それらのゲームを批判し、自分の意見を何人かの友人に聞いてもらい、それでも人生は続いていたでしょうが、今では拡声器で否定的な印象が反響し、増幅されてしまいました。ファイナルファンタジーについてあまり考えていなかった人でも、こうした否定的な認識を目の当たりにする可能性があります。私たちの大部分は意識的または無意識的にトレンドを追いかけている(聞いたことを吸収して繰り返す)ため、その認識が現実になりました。ファイナルファンタジーを嫌う人たちの中には「何がファイナルファンタジーを衰退させたのか」という意見もあった。
ファイナルファンタジーは発売されるたびに批判され、「ファイナルファンタジーではない」と非難される。これは、少なくとも 7 以降は当てはまり、3D だった頃は、多くの古い頭が「7 で登場したばかりの子供たちは、本当のファイナルファンタジーがどのようなものかを知らない」と思っていました。その後、8 が最悪とみなされ、9 はちょっとかわいらしい、10 が最悪とみなされ、次に 12、13 となりました。8、10、12 に関する意見は時間の経過とともに劇的に変化しました。本当に悪いのは 2、13、15 だけで、他の 2 つほど悪くはありませんが、ちょうど中間くらいです。しかし一般的に言えば、スクウェアはエニックスと合併し、今では小規模なニッチな RPG 開発者ではなく、巨大な企業パブリッシャーとなっています。 2024 年のアトラスは、90 年代のスクエアに最も近いものになります。決して元の状態に戻ることはできませんが、YOSHI-P は素晴らしい人材であり、FF16 でシリーズを正しい方向に戻してくれました。 FF14 は史上最高のファイナル ファンタジー ゲームかもしれませんが、これは MMO なので、まあまあです。
TL;DR 減少はあるが、実際に始まったのは13歳だった。残りの「減少」は誇張されている。なぜならファン層は文句を言うのが好きなだけだからだ。スクエアは巨大化し、革新と新鮮さを保つ努力を続けているが、ちょっとルーツとのつながりを失い、FF16 は正しい方向への大きな後退です。
ファイナルファンタジーは発売されるたびに批判され、「ファイナルファンタジーではない」と非難される。
それでは、「ファイナルファンタジー」を「ファイアーエムブレム」に置き換えてみましょう。はい、同じです。
面白いことに、ファイアーエムブレムのファン層もその点では似ているとは知りませんでした。
/r/fireemblem/ に足を踏み入れて、Switch でどの FE ゲームをプレイするべきかを尋ねることもできます – Three Houses か Engage、または「ファイアーエムブレム: Engage は良いゲームですか?」。または時間を節約するために、「エーデルガルトは何も悪いことはしていません。」 🙂 欠点は、BANされる可能性があることです 😀
キリスト、この潜水艦は本当にFFが嫌いです
坂口はもはや指揮を執っておらず、植松はもはや音楽を書いておらず、彼らは車輪の再発明を試み続け、そもそもファイナルファンタジーを引き付けたものをさらに遠ざけました。 最近の『FFVII』の中絶がこれほど人気がある唯一の理由は、それが『FFVII』だからだ。 それが新しいFFまたは完全に別のゲームだった場合、それは同じように分裂するでしょう。
基本的に、この 2 人がフランチャイズから離れたため、このシリーズは徐々に問題に直面することになります。これが、PS3 ゲームがその方向性で少し苦しんだ理由を説明しています。
はぁ?
申し訳ありませんが、シリーズが終了すると問題が発生するだろうと言いたかったのです。
彼らが去った後、音の変化があるように感じました。
結局のところ、すべては意見なのです。
衰退?!?!?!?!ここで何を話しているのでしょうか?
これは他の重要な RPG シリーズの台頭と、ゲームプレイの変更による幅広いプレイヤー層のフラストレーションの増大に関係していると心から思います。
私個人としては、シリーズがゲームプレイに新しい方法を試みるのが大好きですが、長年にわたる私の経験からすると、一部の人は変更を嫌うようです…12 と 13 についてのオンラインの議論は、何よりも主に戦闘に関するもののようです。とにかく私の意見
私個人としては、それが彼らがターンベースの戦闘システムから離れ始めたきっかけでした。ストーリーもFF12を超えたものになっています。
新しいタイトルはどれも私には向いていないように感じます。ゲームプレイが異なるだけでなく、ジャンル自体がアクション ハック&スラッシュ タイプのゲームに変わりつつあるため、アトラス JRPG は多くの人にとって FF シリーズのターンベース JRPG スポットとしての地位を占めています。
また、1つのプラットフォームでのFFの独占性は売上とプレイヤーに大打撃を与え、現在FFシリーズは日本と世界の両方で衰退しています
ファンに対してLLSTEN氏にはFFをデビルメイクライのクローンにするのはやめてほしいと願っています。なぜなら開発コストと時間が非常に膨大なリソースを費やしており、今では4~5年で最大1億以上の費用がかかり、さらに独占契約によって損害を被っているからです。
FFシリーズを安い開発時間でターンベースに戻す フォトリアリスティックなクソは要らない、そんなクソは要らない、必要なのはメタポールとファンタジオのような独自のアートスタイルを備えた伝承と世界構築だ
12、13、14は素晴らしかったと思いますが、15と16はどちらもあまり深く考えずに最後のメインゲームの特定の間違いを修正しようとしていたため、良くなかったと思います。
1 試合の効果を重視しすぎていると思います。10 対 3 はそれほど悪い試合ではありません。もっとひどいファイナルファンタジーゲームも存在すると思います。
私の目には、最も大きな問題は、最も人気のあるゲーム ジャンルの 1 つとしての JRPG の衰退でした。特にXbox 360/PS3時代。
それと、私が同意するのは、シリーズの最も弱かった期間、つまり10年以降から14年までのすべてでした。そしておそらくあなたが説明したその時代は私も同意するでしょうが、それは10:2が問題であるというよりもはるかに微妙です
問題は、ゲームは映画であるべきであり、ゲームプレイは二の次であると開発世代を説得することで、ばかげた期待を設定し、このジャンルを台無しにしたことです。
それはとても簡単なことだと思います。おそらくこれを衰退と呼ぶのは正しくないが、むしろ彼らは才能をより積極的にジャグリングし始め、それによってエントリー間のゲームの味がはるかに変化した。
最初の10試合のうち9試合では監督が3人しかいなかった(1勝5敗は坂口、6勝8敗と10試合は北瀬、9試合は伊藤、6試合は共同監督)。 それ以来、ゲームの数と同じくらいの数のディレクターが登場しました。 11は河本、12は悪名高き開発地獄に陥り、松野から仕事のほとんどを切り離して伊藤につなぎ合わせ、13は鳥山、14は吉P、15も12と同様に開発地獄に陥り、野村の未完の仕事の多くを放り出した16歳のタバタは再び吉Pであり、衝撃的なことに、これは14歳から多くの認識可能な比喩/デザイン上の決定を引き上げることによって、以前のエントリのいずれかに本当に顕著に似ている唯一のFFゲームです。
このシリーズはまた、10歳(シリーズの美的方向性の創始者)以降、植松氏をほぼ失い、天野氏の役割を下げた。たとえゲームが自分の好みにとって良いか悪いと感じたとしても、個人の好みが影響するのはそれほどショックではないその時点でエントリーは劇的に変わり始めました。
ファイナルファンタジーは、ゲーム間のケースで衰退が見られるべきシリーズの1つだと思います。なぜなら、各ゲームには独自の問題があり、たとえゲームが経済的に成功したとしても、一部の人々と問題を共有するからです。
10-2 は素晴らしい戦闘システムとシリーズ全体で最高のゲームプレイを備えているにもかかわらず、人々はこの作品のストーリーが 10 の素晴らしい結末を元に戻すと考えていました。私はそうではないと思いますが、もしかしたらこれから起こることの兆候でしょうか?
11 – 成功しましたが、これは MMORPG であり、通常の JRPG よりもさらにニッチなジャンルであり、十分に楽しむには多額の投資が必要です
12- 成功したかどうかはわかりませんが、リリース当時のこのゲームに対する一般的な批評は、このゲームはどちらかというとシングル プレイヤー MMORPG のようにプレイでき、多くの人はこのゲームがファンタジー要素を持っているにもかかわらず、本質的にはゲームであることを気にしていなかったというものでした。政治ドラマ
13- これについては説明する必要はないと思いますよね?そして、続編が登場するまでに、13の悪い評判はすでに人々が気にするほど汚れていました
14 – これも MMORPG で、11 と同じケースです。唯一の違いは、始まりがひどかったのですが、プレイヤー数が少なく減少傾向にあるため、瀕死の状態でした。それが、スクウェアがゲーム全体を刷新する必要があった理由です (したがって、「新生レルム」というサブタイトルが付けられています)。ゲームが成功した場所です
15-成功しましたが、人々は再び苦情を言いました。急ぎのゲームだった、ストーリーが不完全に感じられた、DLCがキャンセルされた、またはこのゲームがファイナルファンタジー13のスピンオフ(対13)としてライブを開始したため、人々がそれを無視したなどです(一部の批評は非常に愚かに聞こえますが、まだ15をプレイしていないのでわかりません)
16- デビル メイ ファンタジー 16、これもプレイしたことないけど、あれがアクション指向だったら私も怒るだろう
内部的に何が起こったのかを知るのは難しいですが、10以降、シリーズの方向性に大きな変化がありました。シリーズがゲームごとに変化していたと主張することはできますが、戦闘では一貫して呪文やスキルを使用するキャラクターのラインナップがありました。メニュー。設定と進行は異なりましたが、ゲームプレイはほとんど同じで、その時点での最大の違いは 10 でした。
11 は、独自のキャラクターを作成し、インターネットでプレイするにはサブスクリプションを支払う必要がある MMO でした。
12 は当時、パーティーが自分たちだけでプレイできるようにするガンビット メカニクスと、歩き回らなければならない巨大な空きエリアを備えた「シングル プレイヤー MMO」と呼ばれるものでした。 ZA が多くのことを変えたかどうかは知りませんが、私の記憶にある限り、当時はそのように認識されていました。
13 も自動戦闘に行きましたが、探索は不足していました。 14は別のMMOです。 15と16はアクションゲームです。
したがって、人々が 1 ~ 10 のゲームをグループ化するのは、11 以降ではゲームプレイに大きな変更が加えられている一方で、それらのゲームがまだ同じグループの一部であると感じているからだと思います。
XII は戦闘システムの点で意見が分かれており、ターンベースを廃止した最初のメインライン ゲームでした。
XIIIは、その種のデザインが時代遅れになっていた時代に、非常に直線的でした。
XV は何年にもわたる開発地獄を経て、ほとんど空っぽで面白くないオープンワールド、反復的なサイド コンテンツ、そして多くの人が嫌がる戦闘システムなど、めちゃくちゃな仕上がりになりました。
XVI は RPG というよりもキャラクター アクション ゲームであるという点で意見が分かれています。
X以降のゲームはすべて互いに大きく異なっていたため、X以降のシリーズには一貫したアイデンティティがあまりなくなったと言うこともできます。このシリーズは常にゲームごとにメカニズムを実験してきましたが、X 以降はさらに極端になりました。
実際、私は今でもそれらのゲームをある程度楽しんでいますが、シリーズのファンから批判的な意見を聞くことがあります。なぜ彼らがシリーズが衰退したと言われるのか疑問に思いました。
XII は戦闘システムの点で意見が分かれており、ターンベースを廃止した最初のメインライン ゲームでした。
あなたは本当に自分が何を言っているのか分かりません。
HD グラフィックス以降、開発コストが急激に上昇し、質の高い執筆などに費やす予算が減りました。ただし、13 と 9 のキャストを除いて、私は全員が好きです。
スクウェアがスクウェア・エニックスになり、ps3の時代が始まってからは衰退し始めました。 FF13 は革新を試みていましたが、ファン層にとっては直線的すぎました。その後、彼らは FF15 で大失敗をし、制作は完全に混乱しました。彼らはそれをPS3コンソール用のFF対FFとしてブランド化しましたが、その後そのプロジェクトを放棄し、PS4用の新しい制作チームでFFXVに変えました。その時までに、彼らはすでに Versus のトレーラーとデモさえリリースしていました。そのため、それは本当に奇妙で乱雑なものであり、最終製品にもそれが現れました。なぜなら、15 はひどいゲームではありませんでしたが、プロットに大きな穴があり、急いでいるように感じられたからです。確かこのゲームの開発には10年くらいかかったと思います
彼らが断ったとは賢明には言えませんでした。最後にプレイしてクリアしたのは『FFX』でした。私にとって、興味の喪失は、ゲームがオンラインになり、すぐに手に取ってプレイする感覚を失い、同時にやや要求の厳しい分野に取り組み始めたことが重なったものでした。ゲームに費やすことができる時間は大幅に減りました。
シリーズが衰退したのではなく、ゲームプレイのスタイルが大きく変化し、対象ユーザーが変化しただけです。新しいゲームを楽しめない古いスタイルのファンはたくさんいますが (私も含めて)、より現代的なゲームを好む人もたくさんいます。
シリーズ生みの親である坂口博信氏の降板はまさにその頃の出来事だった。それ以前は、このシリーズにはより一貫したトーンとビジョンがありました。
それ以来、現プロデューサーの北瀬氏によると、シリーズのビジョンは「現在の監督が望むもの」に変わったという。
本当に興味深いのは、古典的なファイナルファンタジーの「真の後継者」は坂口氏の非FFゲームであると考える人がいることです。一部の人にとって、ロスト オデッセイ、ラスト ストーリー、ファンタジアンは、実際にチョコボや召喚獣が登場する現代のゲームよりも、見た目や雰囲気がファイナル ファンタジーに似ています。
『ドラゴンボールGT』の評判が悪かったのは明らかだが、それは明らかに原作者不在で作られた続編だったからである。ファイナルファンタジーについても同様であると考えても過言ではありません。ドラゴンクエストやサガシリーズが今でも長年のファンの多くに愛されている理由の一つは、クリエイターが今も指揮を執っているからです。
誤解のないように言っておきますが、これはシリーズの新しい方向性が必ずしも悪いという意味ではありません。古いファンにとって、これは、確立されたシリーズの物語を別の作者が続けるようなものではありません。
私は FFXI が私の史上最も好きな MMORPG ですが、FFXI は最後の優れたオフライン FF だと感じている一人です。
そうは言っても、私はすべてのメインラインゲームと 7 から 15 までの多くのスピンオフをプレイしました。シリーズを批判するわけではありませんが、このシリーズが私にとって魅力的ではなくなったことは認めます。これはシリーズの品質が低下したということではなく、むしろ、シリーズが私が好む方法で作られなくなったということであり、それは問題ありません。
私は間違いなくノスタルジックな人間です。私は今でも90年代のマニュアル車に乗っています。私は90/00年代に始まったアニメシリーズを見ています。私のお気に入りのコンソールはドリームキャスト/PS2などの第5/6世代です。今でもリンキン・パークを聴いています。私は100%、自分の古いくだらないことを愛する老人になります。私は弟が何か新しいバージョンがリリースされることについて話すたびに、いつも #nochanges #plutoisaplanet と言っていると冗談を言います。
以前は新しいものをバッシングしていましたが、私はノスタルジーが大好きであること、つまりプレティーンから10代の頃のものを単純に受け入れることを学びました。しかし、今では新しいものをバッシングすることはなく、単にそれらは私には向いていないと言います。
まずは。人々が「衰退」という言葉を何を意味するのか定義してみましょう。どのような点で拒否されましたか?
FF ファンダムの最大の問題の 1 つは、異なるゲームが異なるファンにアピールするため、全体的に一貫した感情や意見が欠如していることです。多くのFFファンは、他のファンと同じようにシリーズが「衰退した」とは実際には感じていません。そして、彼らはそれが拒否されたと感じています、彼らはそれぞれ異なる理由でそれを感じています。
このような非常に一般的な質問をするとき。これらの対応の有効性をどのように測定し評価するかについての明確な枠組みが確立されていないため、誰もがランダムな考えや意見を叫び、互いに言い合っているだけの状況に陥ることになります。
フランチャイズが「衰退した」と主張できる視点は 2 つあります。
批評家からの評価/レビュー、名声の点で低下しました。
2) 販売指標/人気および市場シェアの点で低下。
これらの ^ は、基本的に、あなたの質問を評価するために使用できる唯一の客観的な指標です。それ以外はすべて主観的な意見です。
批評家の称賛という点では。これは、レビュースコアの集計によって測定できます。メタクリティックでは、このシリーズは FFXIII が 80 年代に落ち込むまで、90 年代に比較的高いスコアを維持することができました。そこから、その後のメインライン ゲーム FFXV と FFXVI も 80 年代にスコアを獲得しました。
ただし、そうは言っても、『FFVII 新生』と『FFXIV: 漆黒のヴィランズ』は両方とも 90 点を獲得しました。つまり、シリーズのレビュー スコアが多少下がったとしても、最近の特定のゲームはある程度の評価を得ています。
売上指標と人気の観点から。 FFXIII と FFXV は基本的に当時の記録を破り、成功したとみなされました。しかし、『FFXVI』に関しては、スクウェア・エニックスが期待に応えられなかったとして、少々物議を醸した議論があった。
『FFVII リメイク』は非常に売れ行きが良かった。しかし、『FFVII 新生』は売上という点ではそれほど注目を集めていません。
FFXIV とそのエxxxパンションは非常に人気があり、引き続きスクウェア・エニックスにとって最も重要な収益原動力の 1 つであり、一般的に非常に人気のある MMO です。
では、「FFが10作目以降衰退した原因は何なのか?」という質問にお答えします。
質問の枠組みとどのような種類の答えを探しているのかを指定するには、最初にもう少しコンテxxxトを提供する必要があると思います。
そうしないと、単純で一貫した答えのない、さまざまな人から支離滅裂な回答が大量に届くことになります。
FF ファンベースにはさまざまな視点からの非常に強い意見があります。
幸運を。
10 作目以降のゲームに関する批判をよりよく理解したかったので、質問がわかりにくかったら申し訳ありません。
FF11~16がこの減少につながったと思いますか?
魚は変わらず、池は大きくなっただけ
坂口の退団と、主力クリエイティブ部隊としての野村の登場。野村はJRPGを悩ませる最悪の作家だ。
教えてください、野村は作家として何を間違ったのですか?
まあ、それは部分的には坂口が実行していた創造的な原則の削除であり、部分的には野村の制御されていない創造的な執筆です。坂口氏は、メインラインのファイナルファンタジーゲームの直接の続編やスピンオフを作らないことを支持していた。 『FFX』が直接の続編が制作された最初のタイトルであり、それが坂口が去った直後に行われたことは驚くべきことではありません。彼はまた、自分が制作するすべてのゲームの執筆に協力し、アイデアを支援しています。 FF ゲームの素晴らしい瞬間の多くは、彼のコラボレーションに直接結びついています。
野村に関して言えば、彼は素晴らしいキャラクターデザイナーだが、リードライターになることは決して許されるべきではなかった。彼が率いるゲーム (FF8、FFX、FFXV、FF7 リメイク三部作、KH ゲーム) は、無意味なプロット要素や、プレイヤーの興味を引くことを目的とした多くのミステリー ボックス要素で満たされていますが、満足のいく方法で説明されることはなく、明らかにひどいものです。文字の書き方。彼はまた、アニメのマンネリズムやコメディのアニメ スタイルにも大きな影響を受けており、これは JRPG ファンの一部にはアピールしますが、他の多くのファンには敬遠されます。 FFは一般に、より西洋的な文体と美学を試みたが、野村氏はアニメの影響を極限まで押し上げたいと考えている。
キングダム ハーツをプレイしたことがありますか? ゲームプレイのアクション RPG の観点からは素晴らしいゲームですが、全体的なプロットは長年と数多くのゲームの中で非常に複雑になっています。 野村はそのシリーズ全体のプロット/ストーリーの背後にある主な人物です。
実際にはそうではありません。 (例: ゲームは面白そうですが、ストーリーが複雑です)
それはとてもシンプルです。スクウェア ソフトはスクウェア エニックスになりました。
この融合は、ドラゴンクエスト ゲームに驚異をもたらしました。これまで以上に優れたものはありません。
しかし、私たちのファイナルファンタジー…彼らは究極のJRPGになろうと必死に努力しているので、彼らは大胆なプロジェクトを作るために持っている最高のリソースをすべて使用しています、そしてその結果は…私たちが探しているものとはまったく異なります…
完成までに非常に時間がかかり、それでも最終的には期限を守って投資家を満足させるために急がなければならないのであれば、結局のところ、この戦略を変更する必要があるかもしれません…
必ずしも衰退するわけではありません。
1~3 機械実験/繰り返し要素の確立
4-6 ストーリーの実験
7-9 より「古典的な」ファンタジー設定からのストーリーの逸脱、3D ビジュアルの実験
10 定番、新旧の架け橋
11 および 14 の MMO (群衆を捕まえる)
12-13-15-16 視覚的な忠実性を推し進め、さまざまなジャンルのメカニズムを実験し、より映画的なストーリー/キャラクターを追加
シリーズの歴史のどの段階も素晴らしいと思います。 10 より前のエントリが気に入った場合は、それらと、同じ型で作られたスピンオフ (World of FF、FF Dimensions など) をプレイしてください。同様の設定/仕組みを持つ他のゲームを探すこともできます。 Metaphor ReFantazio は素晴らしく、完全にお勧めします (まだデモしかプレイしていませんが、非常に魅力的です)。
なぜなら、スクウェア・エニックスはスクウェア・ソフトではなく、FF11は合併前に作られた最後のファイナルファンタジーであり、FF12はエニックスが開発チームを骨抜きにするストレスで松野安美氏が辞任した際に開発が再起動されたからだ。
この発言はいつも企業のディックライダーを「お互いに利益をもたらした!!!」と言うのを引き起こします。しかし実際には、この合併は実際にはスクウェア・ソフトの創設者が同意した買収だったということである。その理由は、(A) 会社は制御不能な予算のために破産し、スピリッツ・ウィズインは大失敗であり、(B) エニックスの取締役会は同意したからである。彼が新会社の社長になれるかもしれないと…しかし、彼を除いて、スクウェア ソフトの残りの経営陣とプロデューサーは全員、解雇されるか、降格されるか、エニックスからマネージャーの直属に配置転換されるかのいずれかになりました。
オリジナルゲームの魅力を捉えきれていない「シネマティックアクションRPG」やリメイクのオンパレードは、スクウェア・エニックスがスクウェアソフトではないからだ。
そして、はっきり言っておきますが、私は合併以来すべてのFFゲームをプレイしており、それらをそのまま楽しんでいます…しかし、それらは以前のものと同じではありません、そして、(少なくとも)スクウェアでない限り、それらは決して同じではありません飛行船で自由に航行できる世界地図がエニックスから帰ってくる。
多くの人に、衰退はなく成功し続けていると言われることになるでしょう。これは商業的な観点から言えば真実です。しかし、SE が FF シリーズの革新を続けており、これらの変更は PS2 時代以降で最も実質的なものであるため、コミュニティでは多くの議論があると私は信じています。
個人的に、私は 13 以降 FF 作品にそれほど熱中していません。FF 作品はターンベースの戦闘からどんどん離れていきます (JRPG のファンとして、私は TBC がこのジャンルの大きな支持者であると考えています)。映画のような体験。 FF13、15、16はまさに長い映画をプレイしているような気分です。
以下の要素の組み合わせ
より高い予算と期待。予算を削減し、JRPG のニッチ市場を満たすためにゲームを提供する方が、より成功する可能性があります。 COD や FIFA と競合する JRPG は決して実現しません。ニッチをターゲットにした場合、ゲームの売り上げは少なくなるかもしれませんが、ネット上でより多くの利益を上げ、より多くの忠実なファンを生み出す可能性があります。
新しいゲームは素晴らしく見えますが、結果として第三世界のゲーマーにはアクセスできません。忠実な JRPG ファンの多くは中南米や東南アジア出身ですが、そのほとんどはデバイスの仕様のせいで最新のファイナルファンタジーをプレイする余裕がありません。
一定の開発リソースが MMO や多額の予算をかけてリメイクされた作品に注ぎ込まれ、有能なスタッフの一部が去りました。これは安全な ROI ですが、これは新規参入に注ぎ込むための人的資源とリソースが少なくなることを意味し、結果として苦境に陥ることになります。
私は新しいファンですが、リリース時に10をプレイしましたが、それについては何も覚えていません。笑
FF12が何なのか分かりません。
ファイナルファンタジー13が発売されたとき、私はもう一度ファイナルファンタジーに挑戦しました。決定的なエントリーだとは思いますが、楽しめました。パラダイムシフトは楽しかったし、それが直線的であることは気にしませんでした。私が楽しんだ PS1 時代の JRPG のほとんどはリニアでした。
私は MMO に興味がないので、FF14 はパスでした。
ファイナルファンタジー 15 の宣伝は、発売までは非常識なもので、JRPG が嫌いな友人に勧めて本作を買わせたこともありました。最初の 20 時間ほどは気に入りましたが、サイドクエストの質は最悪で、自動攻撃のボタンを押し続けるのは信じられないほど退屈でした。私の友人も同じ時期に辞めました。
ファイナルファンタジー16…私は長い間このゲームに興奮していました。しかし、私はPS5を持っていないので、PCのリリースを待たなければなりませんでした。ここまでおそらく8時間ほどプレイしましたが、メインストーリーは素晴らしいですが、これまでのサイドクエストは私の意見では15時間と同じくらい貧弱です。
ファイナルファンタジー7リメイク。ついにヤギのファイナルファンタジーをプレイすることに興奮しましたが、それは再想像であり、当時はPS5独占だったので、見送りました。 PCになる頃には、もう気にしなくなっていました。リバースも同様。
毎週素晴らしいRPGが登場します。オリジナルに戻ってプレイしてから、現代のビジュアルで試してみたかったゲームを再考してプレイするという欲求はありません。 Rebirthでも同様で、彼らが1ゲームを3つの部分に分割するのを待っています。
私の意見では、スクウェア・エニックスの無謀な決定の多くには問題があります。コンソールの独占性が主な原因ですが、ゲームの方向性に関する決定が不十分なだけでもあります。
スクウェア・エニックスはファイナルファンタジーにすべての予算を与えているが、ハートはまったく与えていないように感じられ、私が過去10年間にプレイした他のシリーズはどれも、より控えめな予算ではるかに多くのハートを持っています。
11 – MMO
12 – MMO ただしシングルプレイヤーであり、それ自体もプレイします
13 – 過度に複雑で、誇張しようとしました。操作できるのは 1 人だけですが、ペルソナがこれを変更したのには理由があります。
13-2 と LR – 必要ありません。正直に言うと、13 の基本ゲームには何も追加されません。まるで別世界のように感じられます。
14 – MMO
15 – つまり、これは FF13 の壮大なプロジェクトの一部であるはずだった災害プロジェクトでした。ここでは零式も載せておきます。アクションも本格的に行った。
16 – これは東洋の開発者が西洋のエンターテイメントを見て、それを取り入れようとしたアクション ゲームです。いいえ、プレイしたことがありませんし、これからもプレイするつもりはありません。ただそれを望まないだけです。
そうですね、そのうちの 2 つは MMO、1 つは MMO-lite、3 つは結合されており、LR はフェッチ クエスト ゲームで、13-2 は問題ありませんでした。 2 アクションゲーム
そのため、彼らはファンベースを遠ざけ、ファンが好む優れたシステムの使用を何度も拒否しました。 FFTのようなアイテムから物事を学ぶのは私は好きです、それについて人々がそれについてたわごとを言っているのを実際に聞いたことはありません、それは装備が独特に感じられるからです、それは完璧ではありませんでした、言うまでもなく、FFXの続編ではクイックスイッチインの戦闘システムさえ捨てられていましたFFT を本当に流動的にします。 X-2 はゲームプレイ的には楽しいゲームですが、東部の人々がチャーリーズ エンジェルを見てそれを詰め込んだような感じの FF16 とよく似ていて、あまりにも安っぽいです。
彼らは主流のパイの一部を手に入れようとしてFFで実験的になりすぎていますが、最初にR1を倒す必要があるFF7R2のように主流がそれを無視する一方で、私のようなターンベースのFFの信者の中にはFFゲームをまったく買わないようにする人もいます。 .. それは彼らが自分たちで掘った愚かな墓です。
断るという意味が本当に分かりません。売上的には?それとも批判的な受け取り方についてでしょうか?
もちろん、最初からいくつかの困難に直面しましたが、それは長寿ビデオゲームシリーズすべてに当てはまります。あなたが話している「シングルプレイヤーの問題」は永遠の昔から存在しています。FF2はFF2であり、FF3のエンドゲームゾーンはおそらく12よりも悪くないにしても同じくらいひどいものであり、FF6とFF7は笑えるほど簡単で、FF8には描画メカニズムがあります。 FF9 には遅い戦闘アニメーションがあり、FF10 にはやり遂げるのが面倒であるとほぼ誰もが同意する寺院があり、その直線性は当初 (ファンによって) 激しく批判されました。シングルプレイヤーの問題はどのゲームでも見つかります (4 と 5 は明らかに例外です :)) ので、あなたが言及した問題が衰退を示しているとは実際には思いません。シリーズの人々のランキング、さらには /r/FinalFantasy/ などのファンランキングを見ると、FF1 から 10 までのゲームが最下位近くにあることがかなりの頻度で見つかります。
さて、シリーズが10以降、直接の続編のリリース、MMOの実験、よりアクションに焦点を当てたゲームプレイの組み込みなど、間違いなくより多くの実験を始めていることに私は同意します。しかし、私はこれを「衰退」とは考えていません。これは、会社の拡大、HD への移行、プレイヤーの期待の違い、西側市場への注目など、さまざまな要因の結果にすぎないからです。これらの「実験」を評価できないとしても、私はあなたを責めませんが、私は本当にそう思います。あらゆる意味で、ここで衰退が起こっているとは思わない。
10 番目のエントリーがリリースされた後のゲームの方向性についてファンから苦情を聞くことがあるため、批判的に受け止められています。
FF はゲームプレイで見せられるものを軽視していると言えます。
何?何を言っているのか分かりません。
ご覧いただきありがとうございました。みなさんはどう感じましたか?
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